インタビュー-福島壮太さん

インタビュー

福島壮太さん

能登官民連携復興センターに参加した経緯は?

前職は山口県のスーパーの店員で、退職を決めたタイミングで発災しました。ある意味自由に動けるタイミングだったのと、東日本大震災の時に何も出来なかった事の後悔から、ボランティアに参加を決意。その活動の中でより尊敬できる方に沢山出会い、能登のために出来ることは無いかを考えるようになっていきました。

豪雨後はNPO法人にスタッフとして入り、町野町で「もとやスーパー」等の復旧作業に携わりました。そしてこれから復興のフェーズに入るにあたってより広い範囲、大きな目線、長い期間での関わり方に興味を持ち悩んでいたところ、周りや上司から能登官民連携復興センターの地域おこし協力隊としての募集が出ている事を教えていただき、参加しました。

センター職員としてどんなことを目指していますか?

自分はセンター職員として現地の人達にしっかり寄り添った人間になりたいと考えています。常に能登の皆さんが発災前と同じように幸せや平穏を感じられるようにするにはどうすれば良いのか、自分に求められている事は何なのか、何をすべきなのかを考えています。

その中で、やはり自分がセンター職員としている意味は、これまでの、スーパーでの接客や災害スタッフとしての、日常にいる人たちと接して得てきた「普通の感覚」が強みだと思っています。災害という非日常の中で、外部から人や物や情報がどんどん入っていく中で、住民さん達が何を嫌がり苦しんでいるのか。そんな現場の声をしっかり聞き、センターに届け、少しでもより良い復興に貢献出来ればと考えています。

センター職員としてどんな業務をしているか教えてください

現在の自身の業務は大きく分けて2つです。

1つは様々な事務サポート業務です。基本的には休眠預金チームのサポートを行っているのですが、県内にある様々な情報を収集し、まとめる事により、より正確な連携が出来るようサポートしています。例えば現在応募可能な助成金のまとめを作成したり、ボランティアセンターの運営状況や、地域単位での意見交換会の開催状況など、様々な情報を集めています。インターネットで集められる情報は6割程度で、色々な方法を駆使してまとめ、チームに共有しています。

2つ目は実際に現地の様々な人と出会い繋がりを作ることです。イベントや情報交換会に参加し、住民さんやそこで活動する法人さん達とコミュニケーションを取り、新しい繋がりを作ったり、仲良くなることでこれからの復興まちづくりの下地をつくったりしています。

 

あなたにとって能登はどんなところですか?

まだ日本にこんな場所があったのか!そう言いたくなるような場所です

震災という特殊な状態とはいえ、こんなに日本の原風景、住民さん達の助け合いの気持ちが残っている場所は他には無いのではないでしょうか。自分の故郷である山口県も似ているところもありますが、もし同じ状況でも、こんなに人の温かさを感じる事は無いと思います。受け継がれてきた祭り等の伝統による繋がり。外部の人への思いやりと受け入れる事が出来る強さ。自然に対する感謝と畏れ。言葉では伝えられない、現代の多くの場所で失われた物が強くここには残っています。更に外部から来た凄い人達も沢山いるので、本当に能登は素晴らしい人で溢れています。こんなに次々と尊敬出来る人と出会う事ができる場所はそう無いと思います。

ある1日のスケジュール

センターでの業務を検討中の皆様に一言

現地ではまだまだ人が必要だと言うことを強く伝えたいです。

自分もボランティアに行く前に自分が行かなくても現地はもう大丈夫なんじゃ無いかな、ニュースでもそんなに見る事無くなったし、行ってもやる事無いんじゃ無いかなと思っていました。しかしそんな事は全く無いです。この能登の悲鳴とすら言える住民さん達の辛さ悲しさは、現地に溢れています。溢れ過ぎて逆に言語化し難い、もうどうしようも無いようにすら見えるくらい大変な状況です。だから今すぐあなた達の力が必要です。これから復興に向けて、誰かに何かをあげてすぐ解決なんて事は勿論少ないです。時間がかかる。成果が分かりにくい事も多いです。でも確実に現地には困っている人が沢山いる。それは間違いなく事実です。どうかお力添えをよろしくお願いします。