インタビュー
加藤愛梨さん

能登官民連携復興センターに参加した経緯は?
もともと東京・神奈川を拠点に防災や事業継続の専門職をしていました。能登半島地震発生直後は映像系の仲間とともに被災現場に飛び込み、必要な支援につなげることを目的とした情報発信の活動に取り組んできました。地震から4ヶ月後に県内で企業し、映像の発信やツアー企画、講演講師、外部支援の調整役などさまざまな形で能登の内外を繋いできましたが、物件不足によりオフィスや住まいの環境も整わず、収入もままならない状況でした。
のとれんぷく(センター)発足後、センター長の藤沢さんからお声がけをいただき、年明けから広報/PRストラテジストとしてジョインさせていただくこととなりました。個社の力では行き着けない部分をセンターと合わさることでカバーし、能登の再生に向けてより寄与できるように感じています。また約1年間、車中泊やテント暮らしをしていたため、安定した居住空間が貸与されることも大きな決め手でした。
センター職員としてどんなことを目指していますか?
のとれんぷくは、能登の「中」で生じている課題と、能登の「外」からいただくさまざまなご支援とを効果的にマッチングする組織です。何をするにもまず「情報」がなければ人の情動/行動の変容は促せないと考えています。
①能登で今どのような課題が生じているのか、②外からのどのようなご支援のお気持ちがあるのか、③それらを繋ぎ合わせると何がどう良くなっていくのか。これらのいずれもを社会に広く「広報」することで、おもしろい人材を能登に引き込み、安心感とわくわくが折り重なる”新しい能登”の実現を後押ししたいと考えています。
また、のとれんぷくに集まる多様で優秀な人材や、各種連携団体、能登の復興に欠かせないキーパーソン、取組みにもスポットライトを当てながら、もう「復興は進んでいない」とは言わせない情報発信にも注力したいです。もちろん自分自身も、希望を与えられるニュースの創出に努めていきます。
センター職員としてどんな業務をしているか教えてください
広報/PRストラテジストとして、センターの取組みや能登の復興に関する情報発信の戦略立案と実装を担当しています。具体的には、WEBサイトの新規の使い道検討、SNS立ち上げ・運用、イベント、記者会見、復興に関する事業リサーチなど、情報発信に関する仕事は何でもしています。
それ以外にも、立ち上がったばかりの法人のため、組織の仕事効率を高めるITシステム導入や物品購入など自分にできる業務を見つけて取り掛かっています。地震後から培ってきた能登の人との関係値を活かし、課題解決へのマッチングにつなげることもあります。
オフィスがあるNOTOMORIには毎日たくさんの方がいらっしゃり、週末もイベントが開催されているため、仲間たちの顔を見てほっとする環境で仕事ができています。

あなたにとって能登はどんなところですか?
自然や人に恵まれた環境で「無垢」を取り戻せる場所です。東京で暮らしているよりもぐっと自然に近づき、時に過酷さを見せる四季折々の環境下で根付いてきたコミュニティの強さ、たくましさを感じられることで、防災人として本質的な学びと成長が得られています。また能登に来てからアレルギー発症が抑えられたり、余計な考えごとが減って心から笑顔になる瞬間が増えたりと、心身が健やかになっていくことを実感しています。
ある1日のスケジュール
センターでの業務を検討中の皆様に一言
「被災地」である能登に関わろうとするとき「自分は”能登のために”何ができるか?」を問うと思います。ですが発想を変えてみると、むしろ”能登があなたのために”してくれること・与えてくれるものの方が多いかもしれません。
東京にいれば無限の人やモノ、技術、サービスがあり、選択肢が山ほどありますが、あくまでも誰かが敷いてくれたレールのどれを選び組み合わせるかという話です。能登には何もない分(と言っては失礼ですが)、自らが敷いていけるレールの敷地が無限に広がっていると感じています。
とにかく人材が不足しています。もはや非日常が日常となりつつある能登で、今しかできない挑戦にともに取り組んでいただけると嬉しいです!